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大阪地方裁判所 平成4年(行ウ)74号 判決

原告

仲井幸生

原告

藤村伸広

右両名訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

小田幸児

被告

吹田千里郵便局長大谷美義

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右両名指定代理人

小野木等

村上武志

山本聖峰

福本誠

中本薫

尾崎秀人

黒田正満

阪下喜夫

野原孝弘

杉林和彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

以下、原告仲井幸生を「原告仲井」と、原告藤村伸広を「原告藤村」と、被告吹田千里郵便局長を「被告郵便局長」と略称する。

第一請求

一  被告郵便局長が原告らに対して平成二年七月四日付けでした各戒告処分を取り消す。

二1  被告国は、原告仲井に対し、一万八九〇〇円及び平成五年一月一日以降同原告在職の間毎月一八日限り月九〇〇円の割合による金員を支払え。

2  被告国は、原告藤村に対し、一万六八〇〇円及び平成五年一月一日以降同原告在職の間毎月一八日限り月八〇〇円の割合による金員を支払え。

3  被告国は、原告両名に対し、各五〇万円及びこれに対する平成五年一月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告郵便局長が、吹田千里郵便局に勤務する国家公務員である原告両名が、同郵便局が行った同和研修における映画上映の際、同郵便局管理者に抗議し映写を妨害するなどして右研修の中止を余儀なくさせ、又は同郵便局管理者に対し不穏当な発言をするなどの行為を行い、右各行為が上司の職務上の命令に違反し(国家公務員法九八条一項)、官職の信用を傷つけ(同法九九条)、職務専念義務に違反する(同法一〇一条一項前段)として、戒告処分をしたのに対し(同法八二条)、原告両名が、右戒告処分は、原告両名の行為が同法所定の懲戒事由に該当しないのにされたもので、事実誤認、法令適用に誤りがあり、裁量権の範囲を著しく逸脱した違法な処分であるとして、被告郵便局長に対しその取消しを、被告国に対し国家賠償法一条に基づき右違法な処分による損害の賠償として減給額と慰謝料の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告らの地位

原告両名は、いずれも郵政省職員として吹田千里郵便局に勤務する者である。

2  懲戒処分

被告郵便局長は、原告両名に対し、平成二年七月四日、原告両名の以下の行為が国家公務員法八二条各号所定の懲戒事由に該当するとして戒告処分(以下「本件処分」という。)をした。

(一) 原告仲井について

同原告は、吹田千里局第二集配課勤務の者であるが、平成二年六月一五日、同局第二会議室において局全体同和研修(以下「本件研修」という。)が行われた際、他の職員と共に同局管理者に大声で抗議したばかりでなく、映画上映中に電灯のスイッチを入れるなどし、もって、同研修の中止を余儀なくさせたものである。

(二) 原告藤村について

同原告は、同局第一集配課勤務の者であるが、同日、同局第二会議室において本件研修が行われた際、他の職員と共に同局管理者に大声で抗議したばかりでなく、不穏当な言辞を弄したものである。

3  不服申立て

原告両名は、同年八月一三日、被告郵便局長を相手方として、人事院に対して不服申立てをしたが(国家公務員法九〇条)、人事院は、平成四年一〇月二七日、本件処分を承認する旨の判定をし、右判定書は、同年一一月九日、原告両名に各送達された(右送達の点につき、弁論の全趣旨)。

二  主たる争点

懲戒事由の存否と懲戒権濫用の有無(原告両名の主張)

被告郵便局長は、原告両名について国家公務員法所定の懲戒事由がないのに、本件処分をしたものであり、本件処分は、事実を誤認し、法令適用に誤りのある違法な処分である。また、本件処分は、懲戒権者の裁量権の範囲を著しく逸脱した違法な処分である。

1(一)  部落差別は、人類普遍の原理であり憲法により保障された人間の自由と平等の根幹にかかわる問題であり、郵政省も同和問題の解決に重大な責務を負っている。

(二)  部落解放研究会は、昭和四七年二月、大阪中央郵便局で結成され、その後各職場に結成され、同年一一月、吹田千里局においても結成された(同局における部落解放研究会を、以下「解放研」という。)。解放研は、その結成以来部落解放に向けて活発な活動を展開してきたが、その重要な活動のひとつに、同局における同和研修について解放研と同局との間の慣例化した意見交換があった。解放研は、被差別部落出身者を含む五名ないし八名を意見交換に参加させ、活発に意見を述べ、同局も解放研との意見交換を尊重し、その意見を採り入れ、同和研修の総括と計画を作成し、その内容は、吹田千里局同和対策推進委員会(以下、「推進委員会」という。)で同意され、計画書として研修前に全職員に配付されていた。

(三)  平成元年度の同和対策と昭和六二年度から平成元年度までの長期三か年計画の総括及び平成二年度の同和対策推進の計画案について、同局と解放研との意見交換が、平成二年二月二七日に予定され、解放研としては、五、六名の会員を出席させるつもりでいた。ところが、同局は、同日、突如として、解放研代表として推進委員会に出席する委員二名としか話し合いに応じない旨通告した。

(四)  このような通告は、解放研とは意見交換をしないというものにほかならず、従来の慣例を無視し、同和対策の作成に不可欠で重要な役割を果たした解放研を排除するものであった。また、近畿郵政局が、昭和六一年一一月二〇日に発出した同室第三九〇〇号通達(「今後における同和対策の積極的な推進について」、以下「第三九〇〇号通達」という。)も、同和対策推進上積極的な役割を担っていた任意団体である解放研との意見交換の場を積極的に持ち、建設的な意見を聞くことが主体的同和対策を推進する上で重要であることを改めて強調しているのであるから、当局のこのような対応は、右通達を曲解してわい曲するものである。そこで、解放研は、同局に対し、従来どおり五、六名参加して話し合いたいという申入れを再三繰り返したが、同局庶務会計課長竹田善承(以下「竹田課長」という。)は、一名を追加しても良いというだけで解放研と話し合う姿勢を示さなかったため、推進委員会開催の条件が整わず、同委員会は開かれなかった。

同局は、こうした状況の下で、平成二年六月一五日、同和研修の一環である本件研修を一方的に強行した。

2  同年六月一五日の本件研修において、竹田課長が上映する映画の説明をしたところ、鳥居修(以下「鳥居」という。)が挙手して「質問」と言って起立し、「今日の映画研修が行われるということは、従来の千里局の研修のやり方ではおかしいのと違うか。今まで解放研と話をしながら、そして、その計画、総括について話をし、ある程度骨格を作り、全逓、全郵政に提示し、推進委員会の合意を得て課別研修の中で全職員に配付し、その総括と計画について説明してから、研修に入っているんではないか。今の状態というのはおかしいんじゃないか。ここに映画研修に集まった人に説明して下さい。四月の課別研修でもそういう説明がなかったんで、今年度の研修を映画研修から始めていくようなことの説明をお願いしたい。」旨の質問を普通の口調で三〇秒から一分間行った。

3(一)  原告仲井は、竹田課長が右鳥居の質問に回答しないことが不誠実であると考え、同課長に対し、普通の口調、声の大きさで、「そのとおりや。」「そうや、説明したらいいんとちゃいますか。」と述べた。

(二)  しかし、竹田課長が、全く回答せず、一方的に上映を開始すると発言して、電灯のスイッチを切った後、映画を上映しようとしたため、同原告は、上映を妨害する意思がなく、同課長が説明した後に上映を開始した方が良いと考えたため、電気のスイッチを入れて点灯した。

(三)  そして、同原告が、同課長に助け舟を出し、説明して上映したら良いと発言しているのに、同課長が一方的に上映中止を宣言して、解散する旨発言したものである。

4  原告藤村は、本件研修の開始から終了まで、発言していなかったが、竹田課長が鳥居の質問にまともに答弁せず、不誠実な対応に終始し、後に説明すると言いながら、説明の日時、場所などについても全く具体的に答えようとせず、一方的に本件研修を打ち切ったため、研修終了後研修会場を出る際、同課長に対し、「ちゃんと説明するように」と求めたもので、「こら」とかその他の言動をもって、同課長を脅したことはない。

なお、「こら」という用語は、同課長自身も職員に対して親しみをこめた呼びかけ方法として使用しており、仮に、同原告が「こら」という言葉を使用したとしても、不穏当な言動をしたとはいえない。

5  このように、原告仲井は、大声で抗議したものではなく、また、同原告の点灯行為は、同課長に対して説明の機会を与えるために電灯を点灯したものにすぎず、映画の上映の中止とは因果関係がなく、同原告が本件映画上映中止を余儀なくさせたと評価することはできない。

また、原告藤村は、研修終了まで発言しておらず、研修終了後の発言も不穏当とはいえない。

したがって、本件処分は、原告両名の行為が国家公務員法所定の懲戒事由に該当しないのにされたもので、事実誤認、法令適用の誤りがある。

そして、本件研修実施に至る当局の対応や研修当日における当局の対応に前記のような問題のあることを考えれば、原告両名の質問、発言内容にも合理的な理由が認められるのであるから、本件処分は懲戒権の範囲を著しく逸脱した違法な処分である。

よって、原告両名は、被告郵便局長に対し、本件処分の取消しを求める。

6  また、被告郵便局長がした本件処分は、国家公務員として公権力の行使にあたる職務行為をなすについてした違法な侵害行為であるので、被告国は、原告両名に対し、その損害を賠償すべき義務を負うところ、原告両名は、本件処分により以下のような損害を受けた。

(一) 原告仲井の減給額 月九〇〇円、平成三年四月から平成四年一二月まで合計一万八九〇〇円及び平成五年一月一日以降同原告在職の間毎月一八日限り月九〇〇円の割合による金員

(二) 原告藤村の減給額 月八〇〇円、平成三年四月から平成四年一二月まで合計一万六八〇〇円及び平成五年一月一日以降同原告在職の間毎月一八日限り月八〇〇円

(三) 慰謝料 原告両名について各五〇万円

よって、原告仲井は、被告国に対し、損害賠償として右一万八九〇〇円及び平成五年一月一日以降在職の間毎月一八日限り月九〇〇円の割合による金員並びに右五〇万円及びこれに対する違法行為の後である平成五年一月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告藤村は、被告国に対し、損害賠償として右一万六八〇〇円及び平成五年一月一日以降在職の間毎月一八日限り月八〇〇円の割合による金員並びに右五〇万円及びこれに対する違法行為の後である平成五年一月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

本件処分は適法なものである。原告両名の行為が国家公務員法所定の懲戒事由に該当することは明らかであって、本件処分には、事実誤認、法令適用の誤りはなく、また、懲戒権の濫用もない。

1(一)  第三九〇〇号通達は、近畿郵政局が同和対策を同管内で統一的に推進していくための一方策として、近畿郵政局及び所属長が必要と判断する郵便局に、当分の間、同和対策推進委員会の設置を求め、同委員会の目的を、近畿郵政局同和対策推進委員会の指導方針を受けるとともに関係団体等の理解と協力を求めるために必要な事項について意見交換又は協議を行い、もって同和問題の早急な解決を図るよう施策に資することとしている。右通達の趣旨は、従来、人権問題(とりわけ、同和問題)関係の施策実施に当たっては、特定の団体の意見を重視した結果、多くの職員の協力を得られなかったとの反省に基づき、右委員会では職員の所属する関係団体(吹田千里局の場合、全逓信労働組合、全日本郵政労働組合、解放研の三団体)のすべてに同数(二名)の委員を割り振ることで、幅広い職員の参画とより多くの職員の支持、共感を得た同和対策の積極的な推進を図ろうとしたものである。

(二)  吹田千里局では、右通達を受けて、昭和六二年一一月、推進委員会が設置され、同局の管理者三名及び同局の職員で組織する全逓信労働組合(以下「全逓」という。)、全日本郵政労働組合(以下「全郵政」という。)、解放研に所属する職員の代表者各二名(計六名)を構成員とし、同局の同和対策推進に係る諸施策の実施に関し、意見交換ないし協議を行った。

(三)  同局は、平成元年度の同和対策の総括と平成二年度の同和対策推進計画案を策定するための推進委員会の開催に先立って、平成二年二月二七日、解放研と意見交換をすることとした。そして、竹田課長は、意見交換の場へは従前から推進委員会に委員を出している解放研から一、二名が出席していることから、同日、解放研の代表である鳥居に対して、解放研の出席者を二名にするように申し入れた。

しかし、解放研が強硬に反発し、解放研の出席人数を制限しないで意見交換をしなければ、推進委員会の開催に応じないと主張したため、同課長は、出席者を一名追加して三名まで認める旨回答し、意見交換の場を持つように申し入れたが、解放研側は強硬に拒否し、推進委員会を開催することができなかった。

同局は、その後も再三再四、事前の意見交換に応じるよう解放研に申し入れたが、意見交換を行うに至らず、同和問題に対する施策をこれ以上遅らせると、施策実施の年間のスケジュールにも影響を及ぼしかねない事態に立ち至ったため、同局の主体的な判断で、かねて予定していた本件研修(映画研修)を平成二年六月一二日から一五日まで実施することとし、職員に対しては、各課長から口頭連絡及び掲示板による周知を行い、解放研に対しては、同月七日、右研修を行う旨通知したが、原告らが研修を受けた同月一五日まで、解放研及びその構成員から当局に対して特段の意思表示はなかった。

2(一)  本件研修の最終日である平成二年六月一五日午後一時三五分ころ、本件研修を受ける職員が集合したので、同局の管理者である竹田課長が、上映予定であった映画「紫川物語」について約二分間簡単な説明を行った後、映画を上映すべく、「それではこれから映画を見ていただきます。」と言って、映写機の操作係として同席していた同局庶務会計課長代理木戸康之(以下「木戸課長代理」という。)に上映開始の合図をして、映写スクリーン横の柱にある電灯のスイッチを切ろうとした。

(二)  その際、鳥居が立ち上がり、大声で「質問、今日のこの映画は全体研修としているが、解放研は、今年度の研修計画の説明を受けていない。本来四月に全員に周知、説明すべきなのに、六月になっても何もされていない。どうなっている。年度総括、年度計画についての推進委員会もやっていない。どうなっている。」と抗議を始めた。これが引き金となって、他の職員が口々に抗議を始め、原告仲井も、他の職員と共に「そうや、そうや。どうなっとる。きちんと説明せえ。」と竹田課長に対し大声で抗議し、同原告が座っている前の椅子を蹴ったほか、原告藤村も原告仲井と同旨の抗議を大声でした。

(三)  竹田課長は、鳥居と原告両名らの抗議に対して別途説明するので本日は映画を見てもらう旨繰り返し、本件研修に参加する職員に説明したが、原告らは、これを聞き入れず、大声で抗議を続けたため、研修会場は騒然とした状況となった。

しかし、竹田課長は、予定の時間もあったことから、「これより映画を始めます。」と言って木戸課長代理に映写を始めるように指示し、自ら会場内を暗くするため、電灯のスイッチを切り、上映が始まった。しかし、その直後に、同局郵便課勤務の西田博文(以下「西田」という。)が研修用レジメで映写機のレンズの前を故意に遮断して上映を妨害し、原告仲井は、電灯のスイッチを入れて研修会場を明るくして映画の上映を妨害した。そこで、木戸課長代理は、やむなく、上映を断念して映写機のスイッチを切り、竹田課長が右研修に参加した職員に対して本件研修を中止するので各課に戻って就労するよう命令した。

(四)  原告藤村は、竹田課長の就労命令により研修会場を出て退去する際、同課長に近づき、「こら、何を開き直っているんや。ちゃんと説明せえよ。」と不穏当な発言をし、同課長から注意を受けたのに、なおも、「なに。何を開きなおっているんや。なんぼでも言うたるわい。ちゃんと説明せいよ。」と執拗に抗議した。

(五)  研修会場にいた職員は、午後一時五二分ころ全員解散した。

3  原告仲井の2(二)(三)の各行為、原告藤村の2(二)(四)の各行為は、本件研修における映画上映に際し、同局管理者に抗議し、電灯を点灯するなどして映写を妨害し、もって本件研修の中止を余儀なくさせ、同局管理者に対して不穏当な発言をしたものであって、上司の職務上の命令に違反し(国家公務員法九八条一項)、官職の信用を傷つけ(同法九九条)、職務専念義務に違反し(同法一〇一条一項前段)、国家公務員法所定の懲戒事由に該当することが明らかであり(同法八二条)、本件処分の内容も原告両名の各行為に照らして相当であって、懲戒権の濫用もなく、本件処分は適法である。

第三証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

第四争点に対する判断

一  本件研修に至る経緯

当事者間に争いのない事実並びに証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  解放研は、昭和四七年一一月、吹田千里局において結成され、同局の同和施策についても、活発に活動してきた。

吹田千里局では、昭和四八年、解放研の要求などにより、初めて同和研修が実施され、昭和四九年には本件研修に近い形による研修が開始され、その後も研修体制が充実された。

2  近畿郵政局は、第三九〇〇号通達(〈証拠略〉)により、同和対策を同管内で統一的に推進していくための一方策として、近畿郵政局及び所属長が必要と判断する郵便局に、当分の間、同和対策推進委員会の設置を求め、同委員会が、その目的を、近畿郵政局同和対策推進委員会の指導方針を受けるとともに、関係団体等の理解と協力を求めるために必要な事項について意見交換又は協議を行い、同和問題の早急な解決を図るよう施策に資することとした。これを受けて、吹田千里局では、昭和六二年一一月、推進委員会が正式に設置され、同委員会は、同局の管理者三名及び同局の職員代表として全逓、全郵政及び解放研から選任された各二名の委員を構成員とし、同局の同和対策推進に係る諸施策の実施に関し、意見交換ないし協議を行った。そして、同和対策に関する前年度の総括及び当該年度の推進計画案が、同委員会の協議に付された後、職員に周知徹底され、逐次実施された。

なお、同局は、同和対策推進に係る諸施策の実施に当たっては、解放研から申出があれば、推進委員会開催前に解放研と話し合い、その意見を同局の同和対策の推進に反映させていた。

3  解放研が、平成元年一二月ころ、同局に対し、同和対策に対する平成元年度総括と平成二年度推進計画案について審議する推進委員会の開催に先立ち、事前に話し合いたい旨申し入れたため、平成二年二月二〇日ころ、竹田課長は、解放研事務局長米津進(以下「米津」という。)に対し、二月中に話合いの場を設けたいとの提案をして、同月二七日の勤務時間終了後に話合いをすることにした。

4  解放研会長の鳥居は、同月二七日、竹田課長に対し、同日の話し合いに出席する解放研側の人数を役員六名以上にしたいと申し出たのに対し、同課長は、右話合いの内容が推進委員会の準備段階としての根回し的な内容説明等なので、推進委員会の委員に選任された二名と補助説明員一名の三名で行うと回答したところ、鳥居はこれに反発し、解放研側の出席者を六名以上とすることに固執したため、同局は、当日の話合いの開催を断念した。その後、同課長は、解放研に対し、同年四月一〇日、同月一二日、同年五月一二日に話し合いを申し入れ、鳥居又は米津との間で交渉を続けたが、妥結に至らず、同年五月一二日の交渉の際、解放研は、同局が推進委員会の開催を強行したとしても、解放研の委員は出席しないし、他の職員代表委員も出席しないはずである旨通告し、同局は、結局、推進委員会の開催も延期を余儀なくされた。同課長は、その後も鳥居に対して話合いを求めたが、合意には至らなかった。

5  同局は、研修の実施をこれ以上遅らせると、年間の行事スケジュールに支障を来すことになる上、研修が当局の主体性と責任の下に実施しなければならないことなどを考慮し、同年六月六日、同月一二日から一五日まで映画研修を実施することを局議で決定し、翌七日、竹田課長からその旨を解放研、全逓分会、全郵政支部及び推進委員会の構成員に逐次通知し、その後、職員に対し、各所属課長から同研修の実施と上記のいずれかの日を選択して参加することを周知するとともに、局内掲示板でその旨を掲示した。

6  解放研は、その発行する同月一二日付け「荊棘」(〈証拠略〉)において、「同和研修見切り発車に断固抗議する」という見出しの下に、右研修が、推進委員会を開催せず、局全体の総意も確立されず、今年度の同和対策計画も明示されないままに実施されるもので、解放研として断固反対するとともに、こうした同局の一方的姿勢を断固糾弾する旨表明した。

二  本件研修の際の原告両名の行動

1  証拠(〈証拠略〉、原告各本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件研修は、同月一二日から一四日までは、平穏に実施された。

(二) 本件研修の最終日である同月一五日午後一時三五分ころ、同局三階第二会議室において、本件研修を受ける職員が集合したので、同局の管理者である竹田課長は、研修主催者側としての挨拶をするとともに、上映予定であった映画「紫川物語」について約二分間簡単な説明を行った後、上映開始を宣言し、映写機の操作係として同席していた木戸課長代理に対し、上映開始の合図をして、映写スクリーン横の柱にある電灯のスイッチを切ろうとして右スイッチの方へ行きかけた。その時、鳥居が、突然立ち上がり、「質問、今日のこの映画は全体研修としているが、解放研は今年度の研修計画の説明を受けていない。本来、四月に職員全員に周知、説明すべきであるのに、六月になっても何もされていない。どうなっている。年度総括、年度計画についての推進委員会もやっていない。どうなっている。」などと大声で発言した。右発言が終わると同時に、解放研の会員を中心とする他の研修参加者が口々に、「そうや、そうや、どうなっている。」「きちんと説明せえ。」などと大声で発言して、本件研修実施に対する抗議を一斉に行ったため、その場は騒然となった。

原告仲井、同藤村も、その際、他の参加者数名と共に、同旨の発言を大声で行い、右抗議に加わった(なお、原告仲井は、本件訴状において、鳥居の右発言後、右発言に賛同して、同課長に説明を求める内容の発言をしたことを認めている。)。

(三) 竹田課長は、「本年度の計画等については、別途早いうちに皆さんに連絡する機会を持ちたいと思う。今日は、映画を見てもらいたい。」、「今日は、質問を受ける場ではない。映画を見てもらう場である。質問は、別途聞く。これから映画を上映する。」旨大声で繰り返し述べた。しかし、場内は静まらず、「別途とはいつや。」「遅れている理由をこの場できちんと説明せえ。」「局長連れてこい。」などの発言が飛び交って騒然たる状態が続き、原告仲井は、この間、大声で発言しながら、席の前にある椅子を蹴り、同課長から、「椅子を蹴るとは何をするか。」と注意された。

(四) 同課長は、このような状況下で、午後一時四〇分ころ、研修参加者に対して、「予定の時間もある。これより映画を始めます。」と大声で述べて映画の上映を開始する旨告げ、再び木戸課長代理に対して映写開始の合図をして、場内を暗くするため、電灯のスイッチを切り、スクリーンに映像が写し出された。しかし、場内は、(三)と同じ内容の大声の発言が続き、なお騒然としており、映画の音声が聞き取れない状態であった。上映開始から約三〇秒程経過したころ、原告仲井は、席を離れて、右電灯スイッチの下に歩み寄って電灯のスイッチを入れて場内を明るくした。室内が明るくなった後、映写機に近い席にいた西田が、持っているレジメで映写機を遮って映写を妨害した上、依然として騒然とした状態が継続していたため、木戸課長代理は、映写の続行を断念して映写機のスイッチを切った。竹田課長は、場内が相変わらず騒然としていたので、「静かに見て下さい。説明は早い機会にする。」旨四、五回繰り返し述べたが、騒然とした状態がなお継続したため、午後一時四七分ころ、映画を上映できる状態にないと判断して、余儀なく、参加者に対し、映画を中止し解散するので各課に戻って就労するよう命令した。

なお、同課長は、右説明をする日を決定するには、被告郵便局長との協議、推進委員会の開催、職員への周知などの手続を経る必要があったため、その場で直ちに右日時を決定して研修参加者に告知することができない状況にあった。

(五) 参加者は、同課長の右命令に従い、立ち上がって出口へ向かったが、原告藤村は、同課長の方へ近づき、顔を同課長の顔の約三〇センチメートルの位置にまで近づけて、詰め寄り、「こら、何を開き直っているんや。ちゃんと説明せえよ。」と威圧的に発言した。同原告は、同課長から「こらとは何ごとだ。言葉をつつしめ」と注意を受けると、なおも、「何、何を開き直っているんや。なんぼでも言うたるわい。ちゃんと説明するんかはっきりせーよ。」と執拗に抗議し、同課長をしばらくにらみつけた後出口へ向かった。

(六) 研修会場にいた職員は、同日午後一時五二分ころ、全員解散した。

2(一)  原告仲井は、研修会場が喧騒状態にはなく、同原告が、大声で抗議したり、椅子を蹴った事実はなく、竹田課長が鳥居の質問に回答しないことが問題であると考えて、普通の大きさの声で「そのとおりや。」「そうや、説明したらいいんとちゃいますか。」と発言し、同課長に説明の機会を与えるために電灯を点灯したものにすぎず、同原告の各行為と映画中止との間には因果関係がなく、同原告が本件映画上映の中止を余儀なくさせたと評価することはできない旨主張する。

そして、原告両名各本人尋問の結果、(証拠・人証略)には、右主張に沿う供述及び記載がある。また、(証拠・人証略)には、竹田課長が、鳥居の右発言がされた時、これが非違行為に当たるとは考えなかった旨の供述部分及びその記載がある。

(二)  しかし、原告両名、(証拠・人証略)は、同日における本件研修が、映画上映開始後、原告仲井が電灯のスイッチを点灯した直後に中止され、開始後中止までの時間がわずか約一二分余りであったこと、場内が静穏であり、同原告ら職員の発言が平穏なものであれば、竹田課長が映画上映を中止するとは考え難いこと、同原告は、本人尋問において、同原告の足が前の椅子に触れ、椅子が約五〇センチメートル動いたもので、椅子を蹴ったものではない旨供述するが、右供述には不自然な点のあることが否めないこと及び(証拠・人証略)に照らして採用することができない。また、(証拠・人証略)も、同証人自身、鳥居が、本件研修実施に至る経緯を熟知していたのに、あえてこのような発言をしたことに驚いて動転し、同人の発言が非違行為に当たることまで直ちに考えが及ばなかった旨証言しており、右証言内容も一、二認定の経緯に照らすと不合理とはいえない上、前判示の点も考え併せれば、これをもって前記認定を覆すに足りない。

3(一)  原告藤村は、研修終了まで発言しておらず、研修終了後の発言も不穏当なものとはいえない旨主張し、原告両名の各本人尋問の結果、(証拠・人証略)には、右主張に沿う供述及び記載があり、木戸課長代理が同原告の発言を現認していないことが認められる(〈証拠略〉)。

(二)  しかし、前記認定の経緯、とりわけ、解放研は、その発行する同月一二日付け「荊棘」(〈証拠略〉)において、本件研修が、推進委員会を開催せず、局全体の総意も確立されず、今年度の同和対策計画も明示されないままに実施されるものであるとして、断固反対するとともに、これを実施する同局の姿勢を断固糾弾する旨表明していたこと、解放研の会長である鳥居が大声で発言したのをきっかけに原告仲井ら解放研の会員を中心に一斉に大声で抗議の発言がされ、場内が騒然とした状況になったこと、このような状況の下で、解放研の会員である原告藤村のみが他の会員に同調せずに何の発言もしなかったという供述には不自然な点のあることが否めないこと、右の点にかんがみると、同原告が大声で前記認定の発言をして他の職員の抗議に同調したことを現認した旨の竹田課長の現認書(〈証拠略〉)の記載及び同人の証言もあながち不合理とはいえないこと、木戸課長代理が同原告の発言を現認していないとしても、同人が研修参加者の最後列に近く、同人より前にいた参加者の発言内容を現認しにくい位置にいたことを考え併せると、これを根拠に右現認書と竹田課長の証言が事実に反すると断ずることはできないこと、研修終了後に同原告が前記認定の言動をした旨の(人証略)及び同人作成の現認書(〈証拠略〉)の記載には格別不合理な点もなく、木戸作成の現認書(〈証拠略〉)とも大筋で一致することなどの点を総合考慮すると、(一)の供述及び記載は採用することができず、(一)判示の事実も前記の認定を覆すには足りず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

三  本件懲戒事由の存否

原告両名は、本件処分は国家公務員法所定の懲戒事由がないのにされた違法な処分である旨主張する。

しかし、原告仲井の二1(二)ないし(四)の各行為、原告藤村の同(二)(五)の各行為は、前記認定のように、本件研修が同局の施策として勤務時間内に実施され、右研修に専念すべき義務があるにもかかわらず、右研修開始後、研修用映画が上映されるに際し、同局管理者に対して大声で抗議したり、椅子を蹴り、電灯を点灯するなどして映写とその続行を妨害したものである上、原告藤村がこのような行為を正当化して同局管理者に対して不穏当な発言をしたものであって、上司の職務上の命令に違反し(国家公務員法九八条一項)、官職の信用を傷つけ(同法九九条)、職務専念義務に違反する(同法一〇一条一項前段)ものであることは明らかであり、国家公務員法所定の懲戒事由に当たるものというべきである(同法八二条)。

したがって、原告両名の右主張は採用することができない。

四  懲戒権の濫用の有無

原告両名は、本件研修実施までの当局の対応やその当日における当局の対応の問題性を考えれば、原告両名の質問、発言内容にも合理的理由が認められるのであるから、本件処分は、裁量権の範囲を著しく逸脱した違法な処分である旨主張する。

しかし、公務員について、国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものというべきであり、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきであり、したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであるかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁)。

そして、前記認定の本件研修開始に至る経緯、とりわけ、同局は、解放研との話し合いそのものを拒否したものではなく、話し合いの開催を繰り返し求めた後、同和対策の年間スケジュール上、これ以上解放研側との交渉妥結を待って本件研修の実施を遅らせることが無理となった時点で、本件研修の実施に踏み切ったものであること、本件研修前に解放研との話合いが開催されず、推進委員会も開催されなかった原因の一端は、解放研側が事前の話合いに出席する者の人数に固執し、当局側との話合いに柔軟に対処しなかったことにもあるものと認められ、同局側のみにその責任があるとか同局側の対応が誠意に欠けるものであったとはいえないこと、仮に、原告両名の主張のように、第三九〇〇号通達に同局が任意団体である解放研との意見交換の場を積極的に持ち、建設的な意見を聞くことを求める趣旨が含まれると仮定したとしても、このような経緯に照らせば、同局が右通達に反する対応をしたとは認められないこと、原告両名は、解放研の会員として、本件研修実施前から、このような推進委員会が開催できなかった原因と経緯を充分承知していたはずであるのに、前記のような質問の形式を借りた抗議に同調して大声で発言したり、電灯を点灯するなどして研修の続行を妨害したものであること、竹田課長は、鳥居や原告らの前記発言に対して、早い機会に別途説明する旨繰り返し述べており、その対応が誠意に欠けるものであったとは認められないこと、本件研修は、原告両名及び他の研修参加者の妨害行為の結果中止を余儀なくされており、原告両名の行為は、職場規律を著しく乱すものであったことなどの点に照らすと、原告両名の行為が合理的な理由のあるやむを得ないものであったとは到底認めることはできず、懲戒権者の裁量権の行使に基づく本件処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められないことは明らかであり、本件処分が違法であるということはできない。

五  以上によれば、本件処分に違法はなく、本件処分に違法のあることを前提とする原告両名の本訴請求は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 高木陽一)

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